イクスワトラン・デ・ルージュ

「ここはイクスワトラン、正式名称イクスワトラン・デル・カフェだ」

そう言って、ルイスが目の前の赤いチェリーを手のひらに転がした。

「町の名前に“カフェ”が入ってるんだぜ?運命みたいなもんさ」

陽射しは強いが、風が抜けると心地よい。あたり一面、コーヒーの木が並び、遠くにはオリサバ火山の頂が雲に隠れている。

ルイスはこの町に住む農家の息子で、彼の家も代々コーヒーを作っている。とはいえ、彼自身は昔から町を出たがっていた。

「俺は都会で働くって決めてたんだよ。でもさ、この赤いルージュを見ちまったら、もう離れられない」

赤いルージュとは、コーヒーチェリーのことだ。

彼の父親も、その父親も、ずっとこの赤い実と向き合ってきた。

「コーヒーが俺たちの血の中に流れてるって言われてもさ、実感なんてなかった。でも、ある日、カミーロの話を聞いたんだ」

カミーロ・メリザルデ。

メキシコのコーヒー生産を変えようとしている男だ。

彼はコロンビアからやってきて、サントゥアリオ・プロジェクトを立ち上げた。

ただコーヒーを作るだけじゃない。コーヒーを科学し、芸術にする。

彼は言った。「この土、この火山、この風――ここにしかない味を作れるんだ」

「発酵を操れば、コーヒーはワインのように変わる」

「この町の人たちと、新しい伝説を作る」

伝説――ルイスはその言葉に惹かれた。

気づけば、彼はチェリーを一粒ずつ選び、モストを使った発酵を試し、コーヒーの香りを記録するようになった。

「ほら、飲んでみろよ」

彼がカップを差し出す。

口に含むと、オレンジ、カカオ、ハチミツのような甘さが広がり、最後に赤ワインのような余韻が残った。

「これが、イクスワトランの味だ」

ルイスは誇らしげに笑った。

彼はもう、この町から離れようとは思っていない。

なぜなら彼の手の中には、世界に通じるコーヒーの赤いルージュがあるのだから。