ブラックティーと千の丘
「ルワンダのコーヒーを飲んだことは?」
キガリの小さなカフェで、サムエルがそう聞いてきた。
彼はBuf Coffeeの代表であり、母エピファニーの後を継ぎ、ニャルシザCWSを運営している。
「もちろん。酸味がきれいで、甘みもあって……。」
「それだけじゃない。」
サムエルはカップを指でなぞる。
「この国のコーヒーには、歴史が染みついているんだ。」
***
ルワンダには、「千の丘の国」という別名がある。
どこまでも続く丘と谷、その間を縫うように育つコーヒーの木々。
「でも、この丘の下には、語られない物語がたくさんある。」
サムエルはそう言うと、静かにコーヒーを口に運んだ。
「1994年、この国で何があったか知ってるな?」
俺は頷いた。ルワンダ虐殺——世界が目を背けた、20世紀最大の悲劇の一つ。
わずか100日で80万人以上が命を落とした。
「そのとき、ニャルシザの丘も血に染まった。」
丘の上から人々が逃げ、追われ、命を落とした。
それを覚えている者は多いが、話したがる者は少ない。
「でもな。」
サムエルはテーブルの上のコーヒー豆を一粒摘まんだ。
「その後、生き残った者たちは丘に戻ってきた。そして、またコーヒーを育て始めた。」
***
「コーヒーは、この国を救った。」
サムエルはそう言った。
「Buf Coffeeは、戦争で家族を失った人たちに仕事を与えた。
コーヒーを作ることで、過去を乗り越え、未来を作る手助けをしたんだ。」
コーヒーは単なる農作物ではない。
それは、ルワンダに生きる人々の希望であり、再生の証だった。
「千の丘には、千の物語がある。」
サムエルは微笑んだ。
「その一つが、今お前が飲んでいるコーヒーの中にある。」
ブラックティーのような余韻を感じながら、俺はもう一口飲んだ。
——この国の未来は、確かに甘く、長く、続いていく気がした。