マスカット色の朝

ナイロビの朝は、コーヒーの香りとともに始まる。

街のカフェでは、今日もケニアの豆がドリップされ、店員たちが「今日のロットはカグモイニだよ」と誇らしげに話していた。

そんなカフェの一角で、ジョセフは静かにカップを傾ける。

洋ナシのような甘さと、スイートライムの酸が口の中で広がる。

「やっぱり、カグモイニは特別だな。」

向かいに座るダニエルが頷く。彼はムガガ農協に所属する小さな農家の息子で、実家では紅茶とコーヒーを作っていた。

「この前、じいさんが話してたよ。昔、ケニアのコーヒーは“英国王室御用達”だったって。」

ジョセフは驚いたように眉を上げる。「それ、本当か?」

「らしいよ。植民地時代に英国人が品種改良を進めた結果、SL28やSL34が生まれたんだ。でも面白いのは、その後さ。独立後、ケニアの農家は“もうイギリスに頼る必要はない”って言って、どんどん品質を向上させた。それで、今じゃ世界中のバリスタがケニアの豆を狙ってる。」

ジョセフはカップを置き、しばらく考えた後、ふっと笑った。

「なんだか、うちの親父みたいな話だな。」

「どういうこと?」

「俺の親父も頑固でさ。昔はコーヒーの実を全部まとめて売ってたんだけど、ある日、ファクトリーの技術者に“もっと選別を厳しくすれば、値段が上がる”って言われたんだ。でも親父は“そんな面倒なことできるか”って聞く耳を持たなかった。」

ダニエルは笑った。「わかるわかる。」

「でも、ある日、隣の農家が“うちのコーヒーはロンドンのカフェに出た”って自慢しててさ。親父、悔しくなって、それからめちゃくちゃ選別を厳しくし始めたんだ。」

「で、どうなった?」

ジョセフはにやりと笑った。「去年、うちのロットがナイロビの品評会で一位になったよ。」

ダニエルは驚いてテーブルを叩いた。「マジか!それ、すごいじゃん!」

「だから言ったろ? ケニアのコーヒー農家ってのは、誰よりも負けず嫌いなんだよ。」

二人は顔を見合わせ、同時に笑った。

カフェの外では、マウント・ケニアからの風が心地よく吹いている。

この国のコーヒーは、ただの農作物じゃない。誇りと、歴史と、そして競争心が詰まった一杯なのだ。

ジョセフは残りのコーヒーを一口飲み、静かに言った。

「さて、今日もカグモイニを淹れるか。」